2005年07月13日

篠田 青の『東京青松の道/東京青松から』
 その1 「演劇について」

 小劇場にこだわる理由や青松の方向性について、もう少し詳しく述べてみようと思います。

 大きな劇場での演劇だと、遠くの席からも分かる声や動きが必要だというのは分かります。が、現在の一般的な演劇は、劇場の大小を問わず、騒がしいものが多いように感じられるのです。役者が「舞台狭しと」走り回り、わめき、叫び、台詞をゴテゴテと飾りたてる。そもそも、台詞のつくりがゴテゴテしている。観客に直接向けられるような台詞は、テーマやメッセージのためにあるからでしょう(人は観衆を前にすると、立派なことを言わなくてはならないと思ってしまうのかもしれません)。

 もちろん、そうしたスタイルを楽しめる人もたくさんいるのです。長台詞を息継ぎなしでわめききった役者に対し、客席から拍手が送られる。舞台上で突然挿入される、役者本人(役柄やストーリーとは無関係)に関する裏話やアドリブに笑いが起きる。そのような光景は、劇場ではよく見られます。

 しかし僕には、テーマのための演説めいた脚本や台詞が、大変押し付けがましく感じられるのです。舞台上で明かされる役者の素顔に笑いを求めるような、そんな送り手と観客の関係が、ひどくいびつに感じられるのです。その感じ方を好みの問題だというのなら、演劇はもっと自由であってもいいのではないでしょうか。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 東京青松理論