2005年08月09日

星屋心一の『東京青松の道/客席から』
 その15 「『延長/絵美香』論1・全ては心のために」

 ――ユリ:「ねえ、風俗嬢を好きになっちゃうってことはないの?」
   コージ:「行ってないって言ってるじゃないか。」

 噛み合わない返答は、嘘をつけない男の精一杯の踏ん張りだ。『延長』はすでに終わった恋物語である。回想が始まり、季節は冬から春へとさかのぼる。が、この回想には痛みが伴われる。いまだ癒えない古傷を触るかのように物語が開始されているのだから。

 私は『延長』を「人を裸にする物語」と呼んだことがある。季節感のない風俗店の個室の中で、コージは自身をあらわにしている。ラストシーンで、「ハルカへ。」「元気か?」と呼びかけるその場所は、コージの心という回想の個室なのである。いや、そもそも最初から、回想は心の中で行われていたのだろうか。少なくとも、コージはここでハルカへの思いをたどり直している。

 だから引用の時点でコージはその場所に「行って」いるのだ。心の中で何度もハルカを「好き」だと言い続けている。時間制の風俗の個室に区切られた物語は、いつからか心の中に「延長」されていく。そこにはハルカとコージがいる。すでに終わった恋を見つめるもう一人のコージがいる。つまり『延長』は心が浮かべた物事のためにある物語であるのだ。

『延長』はリアリズムの骨格を保ったまま、風船のようにふくらむ思いを浮かべている。そして物語を見る私たち観客は、そこに『絵美香』の物語がリンクすることを知っている。人があればそこに思いが生まれる。誰もが知るように、この思いはあっけないほど現実に定着しないものだ。『延長/絵美香』の短い物語は、その心のために舞台を生み出しているのだと言えるだろう。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林一本目篇