2006年03月08日

星屋心一の作品解説・植林二本目篇
 その10 「罪という物語」

――王子:「姫はどこだ! 姫をどうしたっ!」

    魔女、無言で首を横に振り続ける。

  王子:「しらばっくれるな! お前が魔女だな!」
  魔女:「(なおも首を横に振り)ちっ、ちっ、違います。」
  王子:「くっ、騙されないぞ。」
  魔女:「ほんとです! ほんとに、魔女なんかじゃありません。」
  王子:「呪いをかけておいて、よくも抜け抜けと。このおっ!」

    王子、魔女に攻撃をしかけようと身構える。
    暗転。(十七場より)

 森に入った王子は、探し求めていた姫ではなく「魔女」と出会う。王子はこの物語の中で初めて魔女と会う人物である。しかしその魔女は孤独にうちひしがれた一人の女でしかない。それはこの場面を観た観客の誰もが納得することだろう。確かに彼女は「魔女なんかじゃ」ないのである。

 しかし、「入ったら最後、出てくることができない」という森に入った王子は、この出会いの瞬間にそのことに気づくことはできない。姫を救出するために、迷いを払って彼は魔女を攻撃しようとしている。この緊迫した瞬間に十八場は閉じる。この後、もし仮に王子が魔女に攻撃したとすれば、それこそが本作で語られる人間たちの罪の姿となっただろう。

『たからもの』の中で語られる罪は、行為の水準にとどまるものでは決してない。王子は大切な姫を守ろうとしている。だからこそ、彼は姫の言う「呪い」も「魔女」も信じてしまっている。姫が憂慮していた呪い。そして、姫を捕えているかもしれない魔女。姫の危機に際して、その二つの現象と存在について熟慮することなく、彼は攻撃を選ぼうとする。

 大切な誰かのための行為が過ちを生むこと。そして、それが誰かを傷つけるということ。この「小さな国」の罪の物語とは、要約すればこういうことではないだろうか。そうでなければ、一人の女を「魔女」として迫害した罪を、「中の人間」である彼らが忘却できる理由が分からない。誰かのための行為であったという正義が、彼らの意識から罪をきれいに洗い流してしまったのである。

 罪を忘却すること。実際の行為以上にグロテスクな罪の歴史が、『たからもの』の世界を覆っている。王子の攻撃は――仮に実行してしまえば――暗い歴史の反復となる。優しく聡明な王子が無実の女を苦しめている。だが、その動機は(姫への)優しさであるのだ。忘却に加えて、この動機こそが『たからもの』の罪の物語に余計にグロテスクな色調を加えている。この作品から、この罪の起源を読みとることができるだろうか。私にはまだ分からない。だが、ここには人間の業が確かに描かれていると思う。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林二本目篇