2006年03月15日

星屋心一の作品解説・植林二本目篇
 その17 「輝く心」

――隊長:「だったら、それでいい。姫が悲しむのは、もうたくさんだ。それがたとえ、ほんの少しでもな。」
  小鬼:「そんな……。」
  隊長:「で、俺の体はどうなる? 命が抜けた後は。」
  小鬼:「石になる。」
  隊長:「どんな?」
  小鬼:「小石だよ。なんの変哲もない、どこにでもあるような、地味な小石になっちまう。」
  隊長:「ここの石になるのか?」
  小鬼:「ああ。」
  隊長:「そうか。」(二十場)


 既に隊長は「王子を生き返らせる」という願いを叶える時、自身の「命が無くなる」ことを理解している。小鬼はさらに願いに関する残酷なルールを告げた。「命が無くなる」ばかりか、隊長は誰からも忘れられて「いなかった人」になってしまうのである。そして隊長は「それでいい」と答えた。姫の心を悲しみから救うために、彼は全てを失おうとしている。

 この引用の直前、隊長は「俺がいなくなったことを知ったら、姫は悲しむかな?」という疑問を口にする。これは愚問だろうか。誰も「いなかった人」に対して感情を持てるはずはないのだから。しかし、そのことをあえて確認した隊長の意志は純粋である。自身の全てが失われるというのに、隊長は姫の「悲しみ」が生じる可能性をまず懸念しているのだ。「姫が悲しむ」ことがなければ「それでいい」のである。

 そして、「俺の体はどうなる?」と言う隊長は、もはや「体」を持たない人間のように問い尋ねている。「体」が消えたとしても、ただの「肉塊」となり果てたとしても、隊長はそれを平らかに受け容れただろう。自身に関する執着はもうない。ここにあるのは他者へ向けての純粋な意志である。自己犠牲さえ、ここでは重大事ではない。意志が望んだ一つの願いを叶えること。そして、その他の全ては埒外に置かれている。ちっぽけな人間にできる最大の冒険を、彼は果たそうとしている。

 だがやはり、意志そのものであるかのような隊長が埒外においてしまった、他の全てはあまりにも大きい。姫の心へ向けた優しい意志が、今もう一つの心を傷つけている。それは小鬼の心である。小鬼が隊長に生きて欲しいと思っていることは明白である。にもかかわらず、自らの能力で隊長の「命が無くなる」のだ。小鬼の心は、自殺幇助を行う者のように引き裂かれていくだろう。隊長が姫を思いやるほどに、眼前にいる小鬼の心は無視されなければならないのだ。

 これが人間の行為の限界である。自身を含めた全てと引き替えに何かを願ってしまえば、彼を愛するものの心は残酷に切り捨てられてしまうのだ。その事実を隊長がどのように受け止めたかは分からない。けれども、隊長の心はそこには立ち止まらない。自身や自身を思いやる心さえ捨てて、彼は一つの意志を叶えていく。何もせずに傍観していることは「もうたくさん」なのである。

 隊長が「なんの変哲もない、どこにでもあるような、地味な小石」になることは、この意味で似つかわしい。彼はヒーローではない。誰かに優しくすることさえも、多くの犠牲と引き替えにしなければならない不完全な存在である。彼は「なんの変哲もない」人間である。その「なんの変哲もない」人間が思いを遂げようとして行為する。残酷な世界のルールに対して、相反する心たちの中で、それでも自分になすべきだと信じる行為を実現する。これが人間の冒険である。繰り返そう。彼は私たちと同じ人間である。だからこそ彼のなしうる行為が私たちの眼を開くのだ。その「地味な」輝きを見誤ってはならない。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林二本目篇