2006年03月16日

星屋心一の作品解説・植林二本目篇
 その18 「心から世界へ」

――隊長:「ここの石になるのか?」
  小鬼:「ああ。」
  隊長:「そうか。」

    隊長、辺りを眺める。地面、木々、そして。

  隊長:「いい月だな。」
  小鬼:「……。」
  隊長:「いいところだ。虫の声も聞こえる。」
  小鬼:「……。」(二十場)


 何という穏やかさだろうか。隊長は全てを失うというのに、彼の心には後悔や恐怖の影は見当たらない。まるで旅行者のように、「辺り」の自然を愛でているのである。姫の心を救う一つの意志となった隊長にとって、自我への固執は既に捨て去られている。

 それだけではあるまい。隊長の「最期の場所」となるこの「魔女の森」には、「地面」「木々」「月」「虫の声」がある。これらが隊長の心を穏やかにさせている事実は見逃せない。ここには悲壮な覚悟はなく、その自然の中で自分の居場所を見定めているようだ。

 想像しよう。隊長の眼に映じた世界を。いま消えようとする隊長の「心」の前にはかくばかりの世界が拓けている。それは隊長の心とは無縁のようであり、それを包むようである。それは確かに私たちの目に映じる自然と同じものであるだろう。

 自身の心がたとえ消えたとしても、世界があるという事実。そこには残酷さばかりではなく、一つのやすらぎがある。たとえ「みんなから」忘れられたとしても、いま自身が生きている事実は、この世界の実在が確認させてくれるのである。

 隊長は世界からこの事実を教わっている。だからこそ「姫の泣き声がなくなれば、最高だ」という言葉さえ、その直後には呟かれる。確かな世界の中で、自身のすべきと信じるわずかな行為をなそうとする。心から世界の中にある自分自身を見出しているのだ。隊長の意志はそのような境地にたどりついている。付け加えれば、その世界の実在を信じなければ、この物語の結末を本当に信じることなどできないだろう。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林二本目篇