2006年03月22日

星屋心一の作品解説・植林二本目篇
 その24 「引き寄せられる世界」

――「ねえ、たいちょう」
  「何ですか、姫」
  「ひめねえ、おおきくなったらたいちょうとけっこんする」(序)


『たからもの』の二十二場、最後の場面で、姫は王子と歩いている。愛する者と幸福に生きる未来が姫の心を占めているだろう。しかし、満ち足りた姫の心の中に一つの空白がある。それは隊長の記憶である。例えば、スクリーンに投射された序の物語がそれである。隊長の記憶は「空白」となっている。引用にある通り、序の姫の言葉は、ひらがなで表されている。子どもの拙い言葉づかいを再現したものとも取れるが、この言葉を発する者の心や存在を不明とする効果がある。今や、姫の心は他ならぬ姫自身にとって不明である。

 この空白の不明さに思いをこらすこと。姫がそれを(たとえ無意識にせよ)行ったことは間違いないだろう。隊長が「姫が一番望んでいるのは、俺とのことじゃないんだ」(十場)と言うように、自身の幸福よりも「国」や他者の幸福を願う人間である。そのことは、結婚をめぐる騒動のさ中に、彼女が「みんなが、もっとうまくやれたらいいのに」(十三場)と呟く件でも明らかだろう。彼女は常に自分や自分が取り巻く状況が「うまくいく」ことよりも、「みんな」がうまくいくことを望んでいるのだ。「みんな」を意識した時、姫はそこに含まれてしかるべき隊長という空白を意識することになる。

 もちろん、空白に関する記憶は全て失われている。ただ、隊長に差し向けた心のあり方だけは残るはずだ。姫が心を探ったとしても、確かな意味はどこにもつかめない。しかし、「誰か」に思いを抱いたこと、それを伝えようとしたこと。そうした心のあり方だけは姫の心に刻み込まれている。姫は思いをこらすことで、この心のあり方を生き直すことになる。だから、序のひらがなは、確かな意味の全てを失いながらも、心に刻み込まれた姫の心の表現として私たちに映るのである。

 生き直された心の物語は、純粋に相手を思う心で満ちている。幸福のさ中に、別の純粋な心がふつふつと自分の中に存在していることを姫はどう捉えただろう? その詳細を私は明らかにしない。いずれにしても、姫にとってもはや世界は目に見えるものだけではなくなっている。「ふと、姫が立ち止まる」(二十二場)。この時、自分が生きる現実が知覚を超えた何ものかであることを、彼女は既に知っている。心の自由が、いま一つの世界を引き寄せている。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林二本目篇