2006年03月23日

星屋心一の作品解説・植林二本目篇
 その25 「引き寄せられた世界」

――王子:「ん? どうしたの?」
  姫:「石。」
  王子:「うん。」
  姫:「これ、宝物にする。」(二十二場)


 姫は「石」を拾い上げた。それは「なんの変哲もない、どこにでもあるような、地味な小石」(二十場)だが、隊長がこの世界に生きた唯一の名残りでもある。姫はこの石に目を留めただけでなく、拾い上げ、それを「宝物」と呼んだ。姫は隊長が「石」になったことも知る由はない。また、隊長の記憶さえも一切とどめていないだろう。しかしそれでも、姫はかつて隊長であった石に目を留め、それを宝物にした。

 この事実は、心の自由が一つの世界を引き寄せることができる奇跡を物語る。だが姫は、引き寄せられた世界の全てに気づく訳ではない。隊長が生きていた日々やそのディテールが記憶にないからだ。「何か」大切なものが、かつての、そして現在の自分を生きさせたという心の感触のみをとどめているにすぎない。それが姫にとっての「見えない世界」の感覚である。

 似たことが王子にも言える。王子は毒を飲んで蘇生している。目覚めてみれば、そこには愛する姫がいる。このとき王子は自分の幸運を感じるだろう。もちろん、『たからもの』を観る私たちには、それが隊長の犠牲であることを知っている。しかし、王子にとってその幸運は、世界が自分に与えてくれた意味のある「何か」として感じられるはずだ。これが王子にとっての「見えない世界」の感覚である。

 つまり隊長は世界となった。隊長は、姫と王子にとって自分の貴重な生を支えてくれる「何か」となる。隊長は「見えない世界」として彼らに感受されている。このとき幸福な二人は、世界に対してともに一つの「信仰」を持つだろう。知覚を超えた現実が自分たちを祝福していると感じているはずだ。彼らはこのように、「見えない世界」を畏敬する。その感覚を終生忘れないように、姫は石を手に取る。

 石とは世界のかけらである。石は人間が手に取るほどに小さく、いつまでも所持できるほどに固い。似た石は無数にあったかもしれないが、人のいたような場所に、ぽつんと取り残された石に姫は目を留める。姫はそうすることで、いま世界に対する感覚が真実であることを確かめつづける。

 この行為に対して王子は、石を載せた姫の手を優しく握る。彼は姫の行為になんの疑問も感じていない。なぜなら、王子も世界のかけらをその内にとどめようとする気持ちは同じなのである。このとき「見えない世界」と現実世界との壁はない。彼らは、その両方が自分を生きさせることを知っている。この瞬間、彼らの心が、隊長という失われた世界を現在に引き寄せている。【次を読む】
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