2006年11月17日

星屋心一の作品解説・植林三本目篇
 一章「あなた」とは誰か? (2)真山清美とは誰か・2

 あなたが、見知らぬ他人に話しかけられたとしよう。あなたは、黙殺するか。それとも、他人である距離をおきながら、常識的な受け答えで終始するだろうか。真山清美の場合を見てみよう。以下の引用は、彼女が見知らぬ他人に話しかけられた場面である。


――水元:こんにちは。
  清美:えっ?
  水元:デートですか。
  清美:はい?
  水元:彼氏と?
  清美:ええ。
  水元:ここ、初めてですか?
  清美:なんですか?
  水元:いや、僕ね。昨日もここへ来たんです。
  清美:はあ。
  水元:あなたの彼氏さんね、昨日、違う女の人と来てましたよ。しかも、席まで同じ。
  清美:!
  水元:かなり親しげな様子でした。すみません、突然こんなこと。あなたがその、とてもいい人そうなので。(九場)


 この場面で彼女は、恋人である優二と喫茶店にいる。優二はトイレに行くために席を外している。その瞬間彼女は見知らぬ他人に話しかけられた。彼女の反応を見てみよう。あいまいな返事をしながら、「なんですか?」と相手を誰何している。これは、私たちの反応と何ら異なるところはない。私たちのする反応の中でもむしろ親切な部類に属するだろう。彼女の「非凡」と言える反応はこの後にある。その場面を紹介する前に、清美にとって、水元という人物の目的が明らかになった事実を確認しよう。彼女にとって水元は、恋人の不実を伝える第三者となる。あなたならば、この状況にどう反応するだろうか。動揺を隠しつつ黙殺するか、それとも、「ほっといてくれ」と他人である距離を強調するだろうか。続きを見よう。


  ――清美、席を立つ。
    突然、水元をひっぱたく。

  水元:でっ。
  清美:謝って下さい。
  水元:?
  清美:私たちの時間をめちゃめちゃにする権利が、あなたにあるんですか? ないでしょ? 謝って下さい!
  水元:……。
  清美:謝って下さい。


 まず、この反応の激しさから、「幸福な日常」を乱す要素を何が何でも排除しようとする心の毒が覗く。恋人が他の女と会っていたかどうかよりも、いまこの瞬間の「幸福」を乱す存在が許せないというようにだ。しかし、それが「謝って下さい」という言葉に収斂するときに、一つの「非凡さ」が感じられる。彼女は望まぬ事実を告げる他人を、黙殺もしなければ、他人として遠ざけようともしない。自身を不快にさせた事実を相手に認めさせ、それを謝罪させようとしているのだ。

 清美の行為は常識外れだと言える。しかし、そのことは清美が日常的習慣の軽さを踏み越えていることを意味している。水元の言葉を容れ、自分の思いをストレートに告げる彼女。不幸を告げる第三者を自分と同じ人間として扱っているのである。私たちは果たして、彼女のように見知らぬ他人に対してこのような真心を持つことができるだろうか。彼女は瞬間的に、そうした得難い正しさを選び取った。この瞬発力が非凡であり美しい。

 心の毒に苦しむものが、同時に心の美しさをも併せ持つ事実。引用の場面には、その両者を一つの行為で表現することで、共感という言葉では収まらない人のあり方を教えてくれる。彼女のある面に共感し、同時に驚嘆すること。それは真山清美を自分とは異なるリアルな個人として見ることに他ならない。だから真山清美とは、一人一人が取替えの利かない個性を持つ、私たち自身となるのだ。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林三本目篇