2007年07月27日

星屋心一の作品解説・植林四本目篇
 三章 世界を更新すること(4)救うことによって

――一光:うん。お前たちはただの犬でもないし、猿でもないし、雉でもない。大イヌ、大ザル、大キジだ。
  サル:なんだよ。今さら。
  イヌ:聞けよ。
  一光:みんなは、それでもただ「イヌ」「サル」「キジ」と呼んでくれと言う。その気持ちも少しは分かるつもりだし、尊重したいと思う。しかしな、私にとって、みんなは特別なのだ。一人でさまよう旅にするつもりが、こんなに賑やかに、楽しく来ることができた。だから、だからな。
  キジ:うん。(七場)


 引用のこのとき、彼らはすでに「桃太郎」の物語の噂を聞いている。

「桃太郎」の噂に対する反応を見ていこう。サルは「下手すりゃ偽物扱いだ」と「桃太郎」との優劣にこだわる。キジは「あたしたちはあたしたち」と正論を言う。とはいえ、それはサルの言葉に対する否定にとどまる。イヌは「『桃から生まれた桃太郎』にしなかったお父上は、さすがでしたねえ」と集団の中の個性を見ようとしている。

 このように彼らの反応はさまざまである。しかし、「桃太郎」の噂に対して、性急に結論を求める姿勢は全く同じである。つまり、彼らは同じように傷ついているのだ。彼らは自分の言葉によって性急に立場を決めようとした。そうせざるをえないほどに、「桃太郎」の噂は衝撃を与えているのである。

 おそらく、「真実の時間」を暴露する「桃太郎」の噂は一光にも衝撃を与えただろう。だが彼は性急な推測や結論に飛びつかない。「本当だろうか」「確かめたいという気持ちは強いが」と慎重に真偽を問題にしている。ここに等身大の信がある。しかし、あるときから「桃太郎」の真偽より重要な信が意識される。

 一光には仲間の受けた衝撃こそが信なのである。「桃太郎の物語」が衝撃を与えるこのとき、彼の意識を占めるのは、同じように衝撃を受けているだろう仲間たちである。まず、彼らを救わなければならない。一光は仲間のために「私にとって、みんなは特別」だと伝えるささやかな行為をなそうとする。

 ここに精妙な現象がある。というのも、一光はいつのまにか「桃太郎の物語」が与える衝撃から逃れているのだ。なぜか。それは仲間の受けた衝撃を救おうとすることによってである。「他人を救うことは自分を救うこと」。この普遍的に存在するだろう現象に対し、簡単な考察を加えておこう。

 一光は仲間を救おうとすることによって、自分が救われる世界のありようを実感している。つまり、他人を救おうとする心によって、「自分が救われる世界の可能性」を世界に上書きしているのである。私は同型の考察を前回で述べている。ここにもまた世界の更新があるのだ。

 仲間を救おうとする瞬間に、一光は自分が救われる世界に立つ。もちろん、それは実現されていない救いである。しかし、その心の可能性は「心の起点の時間」となる。心が発する基軸への肯定によって、新たな世界は実感されている。世界の更新という精妙な現象が、パラレルが与える傷から一光を救うことになったのである。【次を読む】
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