2007年07月29日

星屋心一の作品解説・植林四本目篇
 三章 世界を更新すること(6)世界を失うこと

――一光:一人でも逃げられればいいと思っていたのに、四人揃って帰れたんだ。これでいい。
  心太:嘘でしょう。
  一光:ん?
  心太:上陸のとき、一人で逃げてもいいって言ってたけど、ありゃあ嘘です。一光さんは、いざとなったらみんなを連れて逃げる、誰一人見捨てず逃げると思ってたじゃないですか。
  一光:よせ。結局みんなに助けられた私だ。これ以上恥をかかせないでくれ。
  心太:いや、恥ずかしいことじゃない。そういう一光さんに惹かれて集まったからこそ、みんなで帰れた。あっしはそう信じてます。
  照助:そうだな。
  お風:そうだよ。
  心太:素晴らしい大将だ。
  一光:……。(十四場)


 鬼ヶ島での鬼征伐は失敗する。後衛に退いていた偵察役のお風が、最初に心太、次に照助、最後に一光を見つける。お風が「大キジの秘薬」を与え、彼らは命を吹き返す。お風は心太、照助とともに一光を連れ帰る。引用はその後の場面である。彼らはいま舟の上にいる。

 私は「鬼とは何か」や「『桃太郎』と一光たちのつながりとは何か」という問いに答えられない。それらが「大いなる時間」の法則であるとしか言えない。一光たちは鬼征伐を試みることでその「大いなる時間」に加担した。そして、「なぜ一光たちが鬼征伐に失敗したか」も答えられない。「桃のようなもの」や「きびだんご」のようなものなど装備の不足か、「逃げてもいい」という心理が原因かもしれない。

 少なくとも、「大いなる時間」はこの失敗を想定している。そうでなければ「桃太郎」がパラレルである理由がない。すでに彼らは役目を終えた。「大いなる時間」から切り離されているこのいま、彼らが生きはじめる時間に注目してみよう。

 心太は上陸した過去の時間を想起する。そこで語られるのは一光の真心である。一光との出会いによって一変した彼らの人生の「心の起点の時間」を語っている。しかし、一光はその言葉を受けとることを拒否している。「みんなに助けられた」ことが「恥」だからではない。「みんなを助けなかった」ことが「恥」であるからだ。そのことは、お風が一光を最後に見つけた事実から推察できるだろう。

 一光は敵陣に最も深く攻め込んでいたのである。もちろん、当初から一光が仲間の命を第一に考えていたことは間違いない。ならばなぜ一光は救援に回らず敵陣に入っていったのか。おそらく、それは瞋恚(しんい・激しい怒り、憎しみ)のためだと思われる。一光も深く傷を負っていた。仲間を助ける力が失われたと感じたとき、復讐心が一光を支配したということが考えられる。それは自分を死に至らしめるほどの瞋恚である。

 だから一光は「恥」を抱えている。自分ばかりか仲間を死に至らしめる瞋恚を生きていたからである。ここにはっきりと背信がある。真剣に生きて仲間の生命を軽んじたこと。このとき、一光は彼らと生きる世界を致命的に傷つけたのである。仲間たちが語る「心の起点の時間」を一光が拒否するのは、それを分かち合う資格がないと自省しているからである。

 この自省を語ってはいけない。語るそばから仲間は許してしまうだろう。このとき、仲間は自分たちの生よりも一光を重く扱うことになる。それが一光は許せない。すでに仲間の生命を軽んじた一光にとって、仲間の許しは自身の過失の反復である。「心の起点の時間」が語られるほどに、もはやそこにいない自分が意識される。それは仲間と世界をこよなく感じるほどにそうである。このようにして、一光は世界を傷つけ、そこに生きるリアルを失ったのである。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林四本目篇