2005年08月10日

星屋心一の『東京青松の道/客席から』
 その16 「『延長/絵美香』論2・『外』にある心」

――ショウ:「雪は一緒に見られるよ。
  エミカ:「いつ降る?」
  ショウ:「どうかなあ。一月とか二月。積もるといいけど。」

 この台詞は夏に語られた。『絵美香』では季節は繰り返し告げられている。それは、物語が「終わり」に近付いているのを示す役割を持ち、観客は「いつ降るの?」というエミカの言葉に不安を聞く。事実、二人が冬をともに迎えることはなかった。

 このとき、季節は残酷な「外」の現実を示すだろう。「引きこもりの恋愛」を送るショウとエミカにとって、「外」は触れることのない場所なのだから。

『延長/絵美香』の物語にはいくつかの「外」が存在する。その指摘を行うことで、私は『延長/絵美香』論を終えたい。一つは先に述べた残酷な現実としての「外」である。この存在が物語を悲劇として強く印象づける。二つ目は、『絵美香』がコージの回想の外にあるという事実だ。コージは『絵美香』の物語で陽気な友人として振舞う。この「外」は彼の悲しみが届かない場所である。これは心の無力を示すとともに、彼が結構うまく生きているという事実も伝えている。

 最後の「外」は世界そのものを指す。『延長/絵美香』の世界は、ショウとエミカの、コージの別個の思いを存在させる程に広い。この事実を知らされるのは私たち観客である。人があればそこに思いが生まれる。あっけないほど現実に定着しない思いが、いま確かに世界の中に含まれている。世界に心と心が生きていること。この得難い事実は、まるで「たからもの」のように私たちに届けられる。この世界の広さを受け入れて、私たちはショウと同じ空を見上げる。そこにあるのは、悲劇のみではないはずだ。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林一本目篇