2005年08月13日

星屋心一の『東京青松の道/客席から』
 「その19 「余談5・ソフトクリーム事件(『絵美香』)」

 青松が暗転に物語を容れていることは既に述べた。その好例として、ここでは『絵美香』の「ソフトクリーム」のエピソードを扱いたい。

――ショウ:「ソフトクリームぐらいだよ。」
  エミカ:「ん?」
  ショウ:「外にあるいいもの。うん、ソフトクリームだけ。」

 エミカが触れることのない「外」の残酷さを、ショウはこう言って和らげようとする。だからこの発言は「食べたとしてさ、おいしいと思うのかな? 楽しい、とか。」「(アイスを)食べてみる?」という提案となる。この直後に暗転がある。そして、後になってエミカは「退屈じゃないよ。うらやましいのは、ソフトクリームだけ。」と、暗転で行われた二人の出来事にコメントする。どうやら、「ソフトクリーム」は食べられなかったようだ。

 それがどのように食べられなかったのか、と想像しよう。人が物を食べられないことには、一種悲惨な印象がついてまわる。さらにエミカが「にせもの」であるのだ。アイス(ソフト)クリームを食べる暗転の「場面」には、映像イメージとして思い描けないような無力な悲惨さが固着している。この失敗は、ショウとエミカの二人にとって決定的な事件であることは言うまでもない。

 ショウにとってソフト(アイス)クリームは、エミカが「外」に関わる手段として思い描かれた。食べられない現実に衝撃を受けただろう。が、何よりもエミカが「外」に触れられない事実を改めて告げたこと、自分の残酷な提案を責めたはずだ。

 そして「食べてみる?」という提案に「うん。」と答えたエミカも、ここで自身の存在の「現実」の衝撃が突きつけらた。しかし彼女は、そこからいち早く抜け出そうとしただろう。自分のためではない。ショウが自分を責めることを止めさせたいと思うはずだから。その事件を後に「うらやましい」の一語で語るエミカの台詞ではっきりとそれは分かる。目をそらせない事件をしっかりと受け止めていることを、ショウに伝えているのだ。

 この暗転の中のソフトクリームの「事件」は、以後も物語に影響を与えている。その引用はここでは控えよう。しかし暗転の想像をここまで期待した物語の進行には改めて驚いてしまう。観客に信を置く製作方針と、物語の密度の両方にである。

 ところで、このソフトクリームの「場面」に、私は性的な印象を強く持つ。セックスの隠喩だなどと言うつもりはない。二人に起きる致命的な重大事件さえも、「外」にはいつまでも秘密であり無に等しいこと。また互いのために対処しようとする愛情と無力さ。こうした印象が私にとって恋愛の中での性の場面と酷似してくる。

 この物語にはセックスは登場しない。だが、恋愛がセックスの場面で出会うような、心の揺れは確かに描かれている。また、もしそれを試みたら何が待ち受けているかは、ソフトクリームのエピソードから明らかだろう。私は以上の理由から、『絵美香』は大人が出会う恋愛の(性の)現実があると考えている。ここを超えて、彼らは互いを愛したのだ。


※この文章は、前回で述べた「誤読」を含む文章である。修正は「ソフトクリーム」と「アイスクリーム」の引用の区別を明確にした。『絵美香』を見た観客が暗転にどのような物語を読みとったか、いま強く興味を持つ。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林一本目篇