2006年02月28日

星屋心一の作品解説・植林二本目篇
 その2 「暗転という要素」

    照明。夜。
    城のテラス。姫。
    王がやってくる。(十一場冒頭のト書き)

『たからもの』は全二十二場(シーン)の物語である。つまり、かなり多くの暗転を含んでいるということになる。以前私は、青松が暗転の中に「物語を容れている」構成を持つことを指摘した。本作には、また違った「物語」が暗転から生まれていると感じる。それは私にとって「神話」である。

 照明が当たる瞬間が演劇で最も好きだ。そこに異世界との出会いがあり、物語の始まりがある。「城のテラス」であることを示す説明的な台詞は『たからもの』にはない。だから「姫」も「王」も、ひとまず客席とは違う「ここではないどこか」に立つのだ。

 想像に思いをはせる前の、「ここではないどこか」という感触。観客はその始まりの物語と出会う。異世界を設定とし、スモークのけぶる裸の舞台に人物が浮き上がる瞬間の得難さ(そこには照明のタイミングも重要である)。「ここではないどこか」に立つ人物が目の前にいるという強さに、「神話」と呼ぶべき崇高さを感じる。

『たからもの』の全ての暗転(から照明の変化)には、この「神話」がある。その感触は、全ての演劇が本来持っているものだ。しかし演劇の進行に合わせ、「設定」に対する理解が深まるにつれて、それは減少していく。『たからもの』は「地球によく似た星」の世界設定に説明を略したことで、暗転の中にいつまでも異世界に触れる瑞々しさを保持している。常に「どこか」という真新しさを持つ物語。それが今作である。【次を読む】
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