2006年03月14日

星屋心一の作品解説・植林二本目篇
 その16 「一つだけの心」

――小鬼:「王子を生き返らせるってことは、あんたの命が無くなるってことなんだよ。」
  隊長:「そんな……。」
  小鬼:「だろ。いい話じゃねえ。」
  隊長:「なあ。」
  小鬼:「あ?」
  隊長:「姫が好きなのは、王子だったんだよな。」
  小鬼:「いや。いや、そういう段階かどうかは……。」
  隊長:「よせよ。気を遣うな。」
  小鬼:「くそっ。」(二十場)


 隊長の願いは、「王子を生き返らせてやってくれ」である。その願いに対し、小鬼が一つのルールを告げる。生き返らせる行為は「命の移動」であり、「願った者の命を、生き返らせたい者に移す」ことになる。だから「願った者」の「命が無くなる」のである。やはり心は全能ではない。犠牲なしに願いを実現することができないのだ。

 隊長は自身の払う残酷な犠牲に対して、「そんな」と絶句している。しかし、「姫が好きなのは、王子だったんだよな」とすぐに決意を固めようとしている。自分が「命を無く」しても、王子が生きていることが姫の幸福であることを納得するというやり方で。このとき、隊長にとって命を失うことよりも、命を失うことで姫が不幸になるかどうかが重要となる。何という犠牲心だろう。

 しかし、この隊長の固めつつある決意を私が冒険と呼ぶ理由は、自身の命を省みない犠牲心にのみあるのではない。ここで払う犠牲はもっと大きいのだ。まず、隊長がその写真を「宝物」と呼んだ「婚約者」の存在である(五場)。いま「王子を生き返らせる」という願いを叶えてしまえば、愛する「婚約者」に対して彼は何もしてやれない。一つの願いを叶えることが、心が望んだ別の願いを振り捨てることになる。

 次に姫が隊長を失うことが、本当によいことなのか、という疑問がある。自己犠牲が必ずしも誰かを幸福にするわけではない。姫にとって隊長はやはりかけがえのない存在であるだろう。この願いの実現は、姫に王子と隊長のどちらが大切かということを天秤にかけるようなものだ。こうした残酷な選択に対して、隊長が一人で答えを出していいものなのかが疑問である。

 最後は、「魔女」についてである。「魔女」は王子の非業の死を招いた衝撃で、「泣き喚きながら、谷に身を投げ」てしまっている。隊長は願いを叶えようとするとき、この「魔女」について考えることさえできない。隊長の真摯な心の中に、「魔女」は住むことができないのである。隊長が姫と王子の命を思いやるほどに、想われることのない「魔女」の死が現実世界にむごたらしく存在し続けている。

 願いを叶えようとするほどに、心の無力さは際立っていく。隊長の婚約者への思い。姫の隊長への思い。魔女の命。王子を生き返らせるという願いが、見捨ててしまうものはあまりにも大きいのだ。それでも、隊長は願ってしまう。心が望んだ一つの願いを叶えようとしてしまう。全能ではない、一つだけの心が思いつめた、最善の行為をなそうとする。この隊長の行為こそ、私は人間がなしうるただ一つの「冒険」だと思うのである。

 小鬼はさらにルールを告げていく。以下の引用で小鬼は、隊長の犠牲によって報いられるものが無であるということを語る。おそらくそれでも、隊長の決意は揺るがないだろう。心は全能ではない。しかし、願いを実現するために犠牲は、あまりにも残酷であると言えるだろう。


――小鬼:「それだけじゃねえんだ。」
  隊長:「ん?」
  小鬼:「命の、元の持ち主は。」
  隊長:「俺か。」
  小鬼:「忘れられちまう。」
  隊長:「誰から?」
  小鬼:「みんなから。みんなからだ。あんたは、いなかった人になっちまう。」(二十場)【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林二本目篇