2006年03月17日

星屋心一の作品解説・植林二本目篇
 その19 「誰がための世界」

――隊長:「そうだ。お前はどうなる?」
  小鬼:「何だよ。」
  隊長:「お前も俺のことを忘れるのか?」
  小鬼:「……ああ。」
  隊長:「そうか。寂しくさせるな。」
  小鬼:「忘れちまうんだ。寂しいもへったくれもあるかよ。だいたい、人間の世の中を笑って見るのが、俺なんだぜ。」(二十場)


 小鬼は嘘をついている。そのことは、「少し離れた場所」から彼らの心を感じている私たちには明らかであろう。小鬼が隊長のことを「忘れる」ことは決してない。そしてこの出来事を小鬼が「笑って見る」ことなどないだろう。小鬼の心は隊長が全てを失うことに対して切り裂かれている。そしてその事実を表面的には隠そうとしている。

 誰のためにその事実を隠そうとしているのだろうか。引用の後半を見れば、それは本心を見せない強がりのように見える。自分の不様さを見せたくないという意味で、それはエゴイスティックな行動だと考えることもできるだろう。そしてもう一方は、隊長への優しさである。相手に自分が苦しんでいる事実を伝えないことで、余計な心労を与えないためのわずかばかりの配慮である。

 そのどちらもが本心となるだろう。隊長が命を失うというのに、彼にはできることがない。小鬼にとって、自分の全ての行動はエゴイスティックなものにすぎないのだ。そして、そうであっても隊長の心をいたわろうとすること。つまり小鬼の心は「自分のため/隊長のため」という対極に同時に立つ。その混乱の中に、小鬼の心はある。

 小鬼の引き裂かれた心は、私たちの心と何ら変わりがないものだ。誰かの心のために全てを失うことを選んだ隊長よりも、小鬼の心は私たちの心と近い。自身がみじめなエゴイストと映じているさ中にも、それは誰かのためにある心でもある。小鬼の混乱はこのとき、私たちの心に映じる世界のあり方を雄弁に伝えている。それは、自分のためと相手のためにある世界である。世界が、私たちのためにあるということ。隊長が全てを失う間際に、その真実こそが私たちの心をも切り裂くだろう。【次を読む】
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