2006年03月18日

星屋心一の作品解説・植林二本目篇
 その20 「失われた世界」

――小鬼:「忘れねえよ、あんたのことは。忘れねえ。」
  隊長:「俺もだ。」
  小鬼:「あばよ。」
  隊長:「ああ。元気でな。」

    暗転。
    暗い中、小鬼の泣き声、かすかに。(二十場)


    照明。魔女の家。
    姫、王子を抱いている。

  王子:「どうして泣いてるんです?」
  姫:「!」
  王子:「へへへへへ。」
  姫:「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」
  王子:「痛い、痛いよ。」(二十一場)


 暗転を挟んだこれらの引用の間に、隊長の命は失われている。隊長の願いの通りに王子が生き返ったことが何よりの証だ。隊長は「なんの変哲もない、石ころ」になっているだろう。そして隊長に関する記憶は(小鬼を除いて)誰からも忘れられているだろう。だから王子と姫は屈託なく笑うことができる。その生の喜びを与えた犠牲を、彼らは知ることがない。

 この時、世界は二つに分岐している。もちろんそれは隊長の存在した世界と、存在しない世界である。一方の世界では小鬼が泣いている。もう一方では王子が笑う。それは対照的な世界である。隊長の意志と、小鬼の能力によって、一方の世界には不幸の影は消えてしまったかのようである。命を賭けた冒険が、一つの幸福なエンディングを生み出したのである。

 一つの命が一つの世界を持つこと。この事実を『たからもの』の「魔法」は表現している。命を移動すれば誰からも記憶が失われるというルールは、命が一つの世界を持つと考えれば分かり易い。それは単に命の交換ではなく、命が持つ世界の交換なのである。つまり一度失われた命を蘇らせるためには、そこで失われた世界さえも復元しなければならない。このとき、願う者が持つ世界さえも、交換の犠牲に捧げられなければならないのだ。

 世界は分岐する。それは失われた命が持つ世界と、今ここにある世界である。たった今一つの世界が失われてしまった。だが、失われた世界は想像できる。このとき、もはや『たからもの』の世界は過剰である。一つ一つの命が世界を持つということ。その過剰な世界たちが一つのファンタジーを生み出す。真新しい世界の到来が起こす事件を私たちは奇跡と呼ぶ。その奇跡が、犠牲の上からなるエンディングの後に、真新しいエンディングを生み出すのである。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林二本目篇