2006年11月13日

星屋心一の作品解説・植林三本目篇
 序 「『あなたへ』の作品論を書くにあたって」

 2006年12月5日、劇場「アール・コリン」と東京青松の共同企画のトークイベント「おはなしの時間」に参加した。東京青松の総合プロデューサーである篠田青と、「アール・コリン」の小屋主である土屋吾郎という、演劇の送り手の対談である。対談といっても討論というより、会場の空気に呼応するように「いろいろなこと」が話題にされていた。それらのつながりを読むことに集中した気もちいい時間を過ごすことになった。

 が、同時に、この送り手たちの話を聞くうちにもどかしい思いも感じた。彼らが演劇を送ることに託した意志の大きさと自負ははっきりと伝わっている。だが、その大きさが一作の演劇にはたして込められるものであるのか。それは具体的にどのようなものなのか。私には想像が及ばなかったのである。

 これは創作の核を即座にイメージしたいという私自身の性急さかもしれない。一方、彼らは自身が送り出す作品に対して寡黙だったとも言えるだろう。しかし、その不足を埋めるように、聴衆の誰もが感じたはずの彼らの「強固な信頼」が――送り手たちの意志の大きさや自負が――抽象的なものではないことを証しているように思われた。

 いま用いた「強固な信頼」という言葉は、「おはなしの時間」の中で語られている。篠田青は大意として「送り手と受け手の関係だけでなく、人と人とに強固な信頼を築くことが現在に必要である」と語った。ここには正論以上の含意がある。しかし、私がまたしても理解したいというもどかしさを感じるのは、『あなたへ』という作品の主題がまさにそれであると感じていたからだ。

『あなたへ』という作品には、「運命」や「家族」という絆を示す言葉はまったくあらわれない。一般的にこうした絆に頼らずに人が「強固な信頼」を築くことは端的に困難であるのにもかかわらずである。「ありふれた親切」でも「獏とした信頼」でも「社会正義」でもない。そうした物語めいた概念によらず、他人である私たちが具体的に「強固な信頼」を生み出すこと。この得がたい現実が本作で物語られていたはずだ。『あなたへ』と題された今作は、私たちの生に欠けたものを届けようとしているだろう。

 その「強固な信頼」を生み出すものが何なのか。またその「信頼」が何を生み出すのか。そのことを私は『あなたへ』から探り当てたいと思う。『あなたへ』には確かにそれが含まれていると私は直観する。直観するが、私はそれを言葉に移すことができないでいる。私が感じるもどかしさとは、結局、私の『あなたへ』という作品の大きさや捉え難さに対するとまどいであると言えるかもしれない。その捉え難い魅力を求めて、私は『あなたへ』をこれから論じていきたいと思う。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林三本目篇