2006年11月14日

星屋心一の作品解説・植林三本目篇
 一章「あなた」とは誰か? (1)田中博司とは誰か・1

『あなたへ』と題された作品の登場人物の全員は、私たちが強く共感を覚えるような存在である。言ってみれば、どこにでもいそうな平凡な人間なのだ。例えば田中博司がそうである。「サラリーマンの鑑」と言われるように、彼は典型的な会社員の風貌を持つ。『あなたへ』という作品は、この田中博司の登場からはじまる。物語の冒頭、彼は一人公園のベンチに座って、携帯をもてあそぶ。これはまさしく平凡な行動であり、逆に平凡でありすぎるがゆえに、その行動がいかなる意味を持つかと私たちの目を引きつけることになるだろう。

 この田中博司は自分が死んだことに気づかない幽霊である。物語を識る私たちにとって、このこともまた平凡な事態だとは言える。心霊体験を持たないにせよ、私たちは即座にそうした幽霊をいくつか挙げることができるほどに、幽霊譚には遭遇しているはずなのだから。

 しかし、そうした納得に引きこもることを許さない気配がこの作品の冒頭にある。なぜ幽霊になってまで、彼は携帯電話をもてあそぶのか? この行動は彼の幽霊だという異常事態に対しても平凡すぎるのではないのか?

 そのことを理解するために、彼の置かれた状況を整理してみよう。幽霊である田中博司は、出社しようとして「社員証が通らなく」なり、「警備員」や「同僚」にまで無視される。こうした異常事態に対して彼は「なんだか悲しくなってしまって、なんというか、休みたい気分になって」、公園のベンチに悄然として座ることになる。

 異常事態に対して、人がむしろ習慣的な行動にしがみつくということは周知のことである。田中博司もまた、そうした行動をとっていることは間違いない。また、彼には「会社には連絡しようと思った」という携帯電話を扱う正当な理由もあるのである(ちなみに田中博司には自分の携帯電話は扱えない。それは「記憶が見せている」だけで「実体がない」)。

 つまり田中博司は、習慣的な行動にしがみつく人間らしい幽霊だと言える。しかし、何より重要なことは、死にみまわれ知人に無視されている彼が、全く悲しそうに見えないという事実である。それは、携帯電話をもてあそぶという平凡すぎる行動によってそうなのである。

 ここには、平凡さというものが持つ、グロテスクな事態があるだろう。

(この節続く・上の引用は全て『あなたへ』の第一場より)【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林三本目篇