2006年11月16日

星屋心一の作品解説・植林三本目篇
 一章「あなた」とは誰か? (2)真山清美とは誰か・1

 真山清美は「二十六歳、A型。言うまでもないですけど、いわゆるOLですな。独身です。」(第七場)と言われる通り、やはり平凡な人間であると言える。ただし、彼女にとって平凡さは、自身を傷つける毒のように働いている。その毒とはどんなものか。それは例えば、次のような場面から感じ取ることができるだろう。以下は恋人である木下優二との会話である。やや長く引用するが、じっくりと清美の感情を探ってほしい。


――優二:よし、何食べたい?
  清美:なんでもいいよ。
  優二:何言ってんだよ。お前が食いたいもんにするから。
  清美:えーっ。うーん、なんだろ。
  優二:早く、早く。
  清美: んー、じゃあ、オムライスかなあ。
  優二:オムライス? オムライスかあ。
  清美:あ、やだ?
  優二:ん?
  清美:なんでもいいよ。優ちゃんは?
  優二:んー、ラーメンだな。
  清美:いいよ。ラーメンにしよ。
  優二:そう? ラーメンにする?
  清美:うん。
  優二:ラーメン食べたい?
  清美:うん、ラーメン食べたい。(六場)


 優二の身勝手な振る舞いへのコメントはここでは行わない。重要なのは、清美が優二を過剰に配慮している事実である。「オムライス」を食べたいという希望を、「オムライスかあ」「ん?」という反応で撤回する素早さは、優二の機嫌を損ねることを極度に恐れているようである。そして、優二に訊かれるままに「ラーメン食べたい」と答える時に、彼女は確実に傷つくことになるだろう。

 傷つくのは恋人の身勝手さに対してだけではない。それは彼女が求める「恋人との幸福な生活」に対して傷ついていると言える。清美が優二を許し続ける背景には、相手に優しくし、そして優しくされる平凡かつ幸福な日常を過ごしたいというささやかな希望があるはずだ。だからこそ、彼女が過ごしたい「幸福な日常」を乱す要素を敏感に察知し回避しようとしている。変わらぬ優しさによって、「恋人との幸福な生活」を維持し続けようとしているのだ(これが「幻想」だなどと、誰も呼ぶことはできないだろう)。

 だが、清美は自身と「幸福な生活」の差異を自覚せざるを得ない。その明白な差異が、優二に傷つけられた清美の心をさらに苛む。引用の場面は、求めた「平凡さ」が二重に清美を傷つけている事態が物語られている。求められた「平凡さ」が毒となる。「日常」は自身の魂を軽くし、「平凡さ」はそれと一致しない自身の心を毒として蝕む。平凡な日常を生きる人の心とはかくも複雑なものである。

 その心の複雑さを『あなたへ』という物語はトレースしていく。どこにでもある些細な会話をリアルに提示することで、こうした心の在りようをすくい上げている。そのことが既に心の救済となるかもしれない。だが、『あなたへ』を観劇するものは、そうした共感とは異なる要素に目を開くことになる。例えばそれは、「平凡さ」を求めた真山清美の振る舞いにある。次に、彼女の「非凡」と言える行動を見てみよう。それは、一口に言って美しいものだ。

(この節、続く)【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林三本目篇