2006年11月18日

星屋心一の作品解説・植林三本目篇
 一章「あなた」とは誰か? (3)木下優二とは誰か・1

 木下優二の傍若無人さに釈明の余地はない。彼が真山清美を傷つけ、苦しめていることは明らかである。しかし一方で、彼もまた、「悪人」ではなく平凡な人間であることも間違いない。その事実と、彼の登場場面に徹底された演出によって、わずかな雑さによって傷つけられる現実の危うさが認識できるだろう。


――清美:ただいまー。
  優二:ん。
  清美:ねえ、事故見ちゃった。
  優二:ふうん。
  清美:人がはねられたみたい。
  優二:「みたい」ってなんだよ。見ちゃったって言ったじゃん。
  清美:いや、その瞬間は見てないけど。
  優二:じゃあ見てないんじゃん。(三場)


「清美と優二の部屋」での会話である。彼らの会話は、引用箇所である冒頭から既に息苦しい。その息苦しさは、清美に対する心の不足から生まれている。「ただいまー」という言葉に対して「おかえり」はない。「事故」という大事件を伝える口吻を受け取らない。恋人である清美の受けたショックを想像することもない。そうした心を受け取らないからこそ、優二は言葉尻のみを捉えることしかできない。結局、清美は「事故」を「見てない」ことにさえなってしまう。

 優二は何故ここまで恋人の清美に心を欠いていられるのか。それは、彼が単純に寛いでいるからだ。「空気を読む」などの言葉の流行が示すように、社会生活において対人関係への気配りが要求されている。恋人との密室において、彼は何かを配慮するという労苦から自身を放免しているだけなのだ。こうした事実を見れば、彼は「悪人」ではないことが確認できるだろう。最も心を許した「家族」に対して、人はこうした行動を取りやすい。

 優二は、清美に心を欠きながらも、清美にしか意識を向けていない。彼の振る舞いは、それを第三者に説明するような「演技」の形跡を一切残していない。だから観客は、自身が存在することの許されていない空間に立ち会うことになる。そうした場に居続ける緊張感を伴って、優二の行動を見つめ続けるとき、彼の心の不足は息苦しいまでに印象づけられることになる。優二にとって、それは引き続く恋人との生活の一瞬に過ぎないだろう。だが私たちは、その一瞬に心を欠くことが、どれだけ現実を台無しに傷つけていくかを目撃することになる。

 こうした一瞬は、誰にも等しく訪れるだろう。現実を台無しにするか、一瞬に心を込められるかどうかは、私たちの終わりない試練となる。篠田青の演技は、(これは実際困難な演技だが)観客に釈明せず、傍若無人に振る舞うことによって、心の不足が傷つける現実の危うさを認識させている。つまり優二とは、「悪人」ではない。ある瞬間に心を不足させてしまう私たちでもあるのだ。このように結論する瞬間に、一つの疑問が浮かぶ。清美に対して心を欠いた彼が何に心を向けていたのかという疑問だ。おそらく、その心のあり方は清美と似ている。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林三本目篇