2006年11月27日

星屋心一の作品解説・植林三本目篇
 二章 第二部 強固な信頼を生むものとは何か(2)死というリアル

 幽霊である田中博司が私たちと同じリアルな存在であることを私は「一章「あなた」とは誰か?(1)・1」「一章「あなた」とは誰か(1)・2」で詳述した。田中博司と私たちとの差異は、彼が死んでおり、私たちがそうでないということに尽きるだろう。


――清美:〈略〉すぐ横で事故が起きたんだよ。
  優二:で?
  清美:え?
  優二:死んだの?(三場)


 田中博司の交通事故の原因を、真山清美と木下優二は知らない。だから、このような事故が「すぐ横」ではなく清美と優二、私たちを襲う可能性はあったとも思える。いま私は、「先のことは分からない」というようなごく平凡な真理について語っている。しかしこの平凡さの中に、息苦しいリアルがある。

 清美と優二の会話に戻ろう。分からないのは「先のこと」ばかりでない。彼らにとって、他人が経験した過去は分からない。引用の優二の問いに、清美は「分かんないよ、そんなの」と答えている。他人が経験した過去は、その死であったとしても、「そんなの」という軽さを持つかのように無責任であるほかない。

『あなたへ』という作品には、事故の状況を伝える情報は上の引用箇所にしかない。ということは、田中博司自身にもその死は不明であるようだ。「先のことは分からない」というどころではない。死というものは、過去・現在・未来の全てを「?」にしてしまう。

 死は私たちに、「?」という疑問符で宙づりするような、息苦しい軽さを与える。断定しよう。死というものは軽い。生の重さに比してあまりに軽いのだ。その軽さが私たちの生を傷つける。死をめぐる重さは、その軽さに反する結びつきを死者と私たちの間に信じる、あるいは信じたいと思うことで生じるものだろう。

『あなたへ』は、こうした死の本質的な軽さというものを捉えているという意味で、リアルな作品である。幽霊が登場するという意味でファンタジーであり、この作品から死の深刻さを感じたものはあるいは少ないかもしれない。しかし、引用箇所で語られる死の軽さは、胸を締めつける息苦しさをもって物語られていたのである。幽霊が生まれる直前に、本作は現実的なリアルをそこに置いた。【次を読む】
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