2006年12月05日

星屋心一の作品解説・植林三本目篇
 二章 第二部 強固な信頼を生むものとは何か(5)世界観というリアル・6

「そうですか」と「うん」。前回の引用の場面で、寺崎は単にあいづちを打っているように見える。真山清美が田中博司の存在を感じる場面でも、その出来事から田中博司が昇天する場面でも、寺崎は精妙な心の現象の全貌を理解しているようには見えない。だから寺崎の仕事の本領は、本質の理解ではない。

 また、寺崎守がなした行為の印象も、このあいづちとそれほど異ならない。彼は田中博司の要望を単に聞き入れてきただけのように見える。寺崎の仕事が「うまく報告」される必要はここにある。つまり、彼の仕事の本領は、「国家公務員」のマニュアルに書き込まれるような性質のものでもない。

 本質の理解とマニュアルの実行。仕事に求められるものの両方を寺崎は持たない。では、寺崎の仕事の本領とは何か。それは乱暴に言えば、本質の理解を仕事に活かさず、マニュアルも実行しない点に求められる。

 最初の引用を見よう。霊能のない人間が、手紙を読む経験によって霊の存在を感じること。この出来事に対して、寺崎は「そうですか」と返答する。奇跡に等しい出来事を単なるあいづちを打つ軽さで応じている。しかし、この「そうですか」という返答から、相手の心がそのまま残る余地が生まれている。

 それは「そうかもしれません」などの別の応答を思い浮かべれば分かる。それらは「田中博司がここにいる」という本質の理解の表現となる。その表現によって寺崎は状況に関与することとなる。つまり、真山清美の心は寺崎の評価を受け取ってしまう。他人の評価を意識した心は、かつてとは異なるのである。

 次の引用を見よう。田中博司の昇天の場面である。寺崎守は「うん」というあいづちに続いて、「やっぱりこれで良かったみたいだな」と言う。「みたい」という曖昧さを残して仕事を進めている。ここにマニュアル意識は希薄である。ベテランであるはずの寺崎は、経験則というマニュアルさえもそこに当てはめようとしない。

 本質の理解でもマニュアルでもない寺崎の仕事の本領。それは自分の理解よりも他人の心を生かす配慮にある。さらに、生きた心が伝える要望を引き受けるために、マニュアルと異なるプロセスをたどる実務にある。この配慮や実務を一口にまとめよう。寺崎の仕事の本領は、心の承諾である。

 寺崎によって承諾された心たちが、彼らなりの力で最善の解決を引き出している。「国家公務員」のマニュアルを知る水元翼の眼には、田中博司の一件はそのように映ったはずだ。他のやり方では不可能だった。寺崎の仕事だけが、他人の心を励まし、それが生きる世界さえも励ましていた。このとき、他人の心も世界も、水元の理解を超えた別の顔を見せていたのである。

 こう書きたどっていくことで、非現実的な「国家公務員」という職業の意味をはじめてつかむことができる。この「国家公務員」は、心の承諾をなすべき全ての「職業」の理想となる。世界観と職業観がリンクするリアルについて、私は次回にまとめてみたい。【次を読む】
posted by 東京青松 at 00:00| 作品解説・植林三本目篇