2006年12月06日

星屋心一の作品解説・植林三本目篇
 二章 第二部 強固な信頼を生むものとは何か(5)世界観というリアル・7

 他人が関わらない「職業」は存在しない。つまり、どんな「職業」にも他人の心が前提として存在する。それならばこうも言える。私たちの「職業」は本作の「国家公務員」とほとんど変わらない。幽霊=心のために存在する「国家公務員」と、私たちの仕事とはほとんど変わらないのである。

 この認識に立つとき、本作は私たちの仕事に示唆を与えているように思える。「国家公務員」寺崎守は、他人の心を承諾することでその職務を果たしていた。それでは、全ての「職業」も心を承諾することで、それぞれの職を充実させうるのではないか。

 心の承諾は、他人の心の事実に触れてタスクを生み出すことである。この行為によって得られるのは、「よく気がつく」臨機応変さだけではない。「自分と他人との確かなつながり」というものが、労働の過程の中ではっきりと現われているのである。

 私たちは「職業」の中に「自分と他人との確かなつながり」を求める。そのようにして、社会の中で生きる自分を肯定しようとする。これが私たちの職業観である。心の承諾は、この職業観が求めた目的を、結果ではなく過程の中に生み出す。これは現実的な幸福である。

 私たちが金によって生きているのも現実である。しかし、それによって「職業」の中に金以外の目的を求める現実を見過ごすべきではない。『あなたへ』という作品は、軽視しがちな職業観の中の幸福を示すことで、収入差によらない全ての「職業」とそれに就く私たちを肯定しているように思う。

 本作の「国家公務員」の「非現実さ」は心の承諾を職務として描いていることによる。つまり、「非現実さ」はそのまま私たちの職業の理想となる。その理想は私たちの職業上の幸福だけを約束するだけでない。そもそも、私たちが幸福なのは、他人の心に対して無意味でないと実感できるからである。

「国家公務員」という表象は、私たちと社会が、一人一人の心に対して意味があるという理想に基づく。つまり、理想の世界観というリアルがここにある。これを「非現実」と拒絶すべきではない。この拒絶の中で世界はくすんでしまう。この意味で、『あなたへ』という作品には、世界のために必須のリアリティが込められているということになるだろう。【次を読む】
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